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スバル ヒコーキ野郎が作ったクルマ 4833423510

1,870円(内税)

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野地 秩嘉 著


内容

小澤征爾がヨーロッパ横断したラビットスクーター、
日本最古の人気国民車「スバル360」、スバリストが
愛するレガシィと四輪駆動と水平対向エンジン、
国内でも大人気のレヴォーグ、アメリカで高評価のアウトバック、
最新安全技術のアイサイト……原点はすべて「中島飛行機」にあった。

以下、本文より抜粋

中島飛行機は東洋一の航空機メーカーだった。
隼、鐘馗、疾風は同社が開発した戦闘機。
同社は戦後解体で自動車製造に特化し、現在のスバルとなった。
幻の爆撃機と呼ばれる富嶽は創業者、中島知久平が開発したものだった。

戦後解体で中島飛行機は富士産業と改称。
手持ちの材料をつかい鍋や釜を作った。
その後バスのボディとスクーターの製造で息を吹き返す。
ラビットスクーターというヒットも生まれた。
その背景には指揮者の小澤征爾の存在があった。

開発陣が自信をもって作った試作車が「スバル1500」だった。
しかし、メインバンク興銀の反対によりこのクルマは幻となる。
しかし、その後大ベストセラーカーとなる「スバル360」が生まれる。
飛行機技術者だからできた秘密とは?

スバリストの間で極めつけの名車といわれるのが「スバル1000」。
同社の代名詞の一つとなる「水平対抗エンジン」が搭載されていた。
ところが販売はさえず、工場は日産との提携でサニーを受託生産せざるを得ない状況となる。

スバルの代名詞となった「四輪駆動」。
元々は東北電力の要請で生まれた技術だったが、
搭載したレオーネは売れなかった。しかし、アウディクアトロの登場で
「4WD」に注目が集まり、さらにスキーブームという追い風がきて……。

長らく興銀の支配下にあった富士重工は、二人の経営者によって革命が起きた。
自動車好きの田島はアメリカへの工場進出を決断。そして利益重視の経営を推し進めたのが川合。
現在のスバルの礎を築いたのがこのふたりだった。

日本のナンバーツー日産自動車がルノーと提携。
マツダはフォードの傘下に入り、トヨタはダイハツを子会社かする。
業界再編の嵐にあった富士重工はGMと提携。スズキとも手を結ぶ。
そして竹中という生え抜きがトップになった。

社長になった森はふたつの決断をした。
一つは軽自動車生産から撤退。そしてアメリカマーケットに向けた自動車開発を始めることだ。
結果、レガシイはアメリカ市場でベストセラーカーに。長年の停滞から抜け出す契機になった。

スバルが創業期から一貫して注力したのが「安全」だった。
フランスからやってきたアンドレ・マリー技師が教えた「搭乗者の安全を守る設計」が同社の本質となった。
こうした企業哲学が「アイサイト」開発につながっていく……。

MasaとCASEの時代。
ガソリンエンジンからEVへのシフト、自動運転、ウーバーなどカーシェアの勃興、グーグル、アップルといった異業種参入。
変化につぐ変化の業界環境に「スバル」は、どういう答えを出したのか。

スバルはアメリカで好調を続ける。
二人のディーラーの社長の証言によれば、アメリカの消費者が変わった、という。
流行や見栄のためにクルマを選ぶ時代が終焉し、安全や自身の嗜好に忠実に商品を選ぶ人が増えたというのだ。

「すべてを数値化して考えよ」
「みんなで考えるんだ。部長も課長もない、担当者まで考えるんだ。考える時はみんな平等だ」
「ものを考えるときは強度計算を先にするものじゃあない。先に絵を書け。感じのいい絵は良い品物になる」

小澤征爾のラビットスクーターからアイサイトまで、原点は中島飛行機にあった。「空飛ぶクルマ」にいちばん近い自動車メーカー。






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